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障がい者にとって正常に歩くことは日常の移動手段ではない
身体障がい者にとって、「正常」に歩くことは必要なことなのでしょうか?
実際、子どものリハビリのときも
できるだけ正常発達にそって考えていくことはとても大事なことです。
しかし、私たち健常者は障がい者に「正常」を押し付けているような気がします。
今回は、障がい者にとって正常に歩くことが必要なことなのかということについて紹介していきたいと思います。
健常者にとっての正常に歩くことは障がい者にとっては正常ではない
私は、子どものためにできることをしていきたいと思っています。
それには一人で歩けるようになることが必要ですよね?
私たちと同じように歩けるようになればいいのですが・・・
確かに私たち健常者と同じように歩けるようになれば
子どもたちのためになると思います。
でも、はたして身体に障がいがある方が
私たちと全く同じように歩けるようになるでしょうか?
全く同じように歩けるようになるのはおそらく難しいと思います。
でも、リハビリもできるだけ正常発達にそって
子どもたちと関わりますよね?
もちろん正常発達にそって考えることは必要です。
大事なことはその「正常」を障がい者に押し付けていないか?ということです。
障がい者にとっての普段の生活は
私たちの正常と同じではありません。
障がい者にとっての正常に歩くとは自分なりの歩きかたをするということ
じゃあ、障がいのある子どもにとって何が大切なことなのでしょうか?
私たち健常者と同じように歩く必要はないと思います。
正常な歩きかたは健常者にとっての歩きかたです。
つまり、障がい者の方にあった歩きかたをしていくことが大切だということですね。
私は正常に歩くことが障がいのある子どもにとって必要なことだと思っていました。
でも、それが子どもにとっては無理をさせてしまうことになるかもしれないということですね。
そのとおりです。
そもそも私たちにとっての歩くとは
目的のところに移動するための最も日常的な手段です。
でも、障がい者にとっては歩くことが移動手段として成り立たない可能性もあるわけです。
無理やり歩かせようとすることでやりたい気持ちを失ってしまうほうが問題ではないでしょうか。
なるほど。
正常にとらわれるあまり子どもたちの意欲を奪ってしまってはいけませんよね。
健常者にとっての正常は、障がい者にとっての正常ではないということをしっかり理解しなくてはなりませんね。
健常者は障がい者自身の歩きかたを理解しなければならない
・健常者にとっては歩くことが正常だが、障がい者にとっては正常ではない
・障がい者一人ひとりにあった移動手段を考える・正常な歩行にとらわれすぎると、障がい者の意欲が失われてしまうリスクがある

私たち健常者は普通に歩いて毎日を過ごすことが正常であり日常生活です。
でも、障がい者にとっては正常に歩くこと自体が日常生活にならない場合があります。
健常者はみなほとんど同じように歩くことができますが
障がい者の移動手段はそれぞれ違うと思います。
正常な歩きかたを強要するのではなく、障がい者一人ひとりにあった移動手段があっても良いのではないでしょうか?