双極性障害1型闘病記25

鬱期に入る

圧迫骨折をする前からなんとなく気分が晴れないなとは感じていたのですが、職場復帰をして気分は落ちてしまいました。

それでもコルセットをしながら休まず働きました。

職場ではオーナーの理不尽な扱いにうんざりしていました。

きちんと仕事してない人には注意しないで、きちんとやっていて相方と話して他の仕事に集中した方が早いと判断し、レジが混んだら呼び出しレジへと決めていました。そこにオーナーがやってきてたった30分の滞在でその前のことを知らずに怒ってきました。

他にもフードは直接レジではなくバーコードをスキャンすることになっていたのですがしていないときがあります。私と私と仲の良い女の子が疑われました。

きちんとやってると言っても信じて貰えず1ヶ月が経ちました。その間も何回も注意されていましが、私達はきちんとしてました。

1ヶ月後ようやく間違えていた人が判明しました。それでもオーナーは私達を犯人扱いしていたのに謝ることはしませんでしたね。

そんなことからどんどん鬱になってしまいました。

オーバードーズ

そして5月下旬。とうとうまたODをしてしまいました。

薬の致死量を調べてあったのですがその薬が自宅にあり飲んでしまったのです。

自宅には誰もいません。友達にメールで「ごめんね。飲んじゃった」と送信しました。すぐに電話がかかってきて話始めました。1人にしとけないと友達は仕事を休み私と電話で繋がっていましたが段々と意識が朦朧としてきました。

友達がこれはまずい!と遠隔救急要請をしてくれて救急車が到着し、救急隊員と友達が電話で話始めたところて私の意識がなくなりました。

私は気づいたら病院のICUのベッドの上でした。

看護師の話によると24時間意識がなかったようで救急搬送が30分遅れていたら危なかったそうです。

目が覚めても目眩が凄くて動くことはできませんでした。

しばらくして主人がきましたが、私の財布だけ持ってきて

「二度と帰って来るな!!」と怒鳴りました。

着替えもなんにもなく困った私は今後どうすればいいか、わからない。

帰らないにしても財布だけじゃ…。

退院の許可はでましたがまだ目眩はしてるし真っ直ぐ歩けません。着替えも病院のをもらいました。

まともに歩けないからタクシーで帰るしかありませんでした。

自宅に居られないならと友達がうちに来な!と言ってくれて都内の友達の家に翌日行きました。

1泊して帰りましたが…。

私は主人に対する愛情は無くなってしまいました。

やはり病気を理解はしてくれてはいなかったんだと。

次回はコンビニの仕事解雇されます。 そのことを書いていきます。

おすすめの記事

双極性障害1型闘病記25

双極性障害1型闘病記25

双極性障害I型闘病記17

双極性障害I型闘病記17

障害者の恋愛について

障害者の恋愛について

【NPO法人を運営して感じること】障害者が地域で生きる?? #1

【NPO法人を運営して感じること】障害者が地域で生きる?? #1

双極性障害I型とてんかん闘病記22

双極性障害I型とてんかん闘病記22

双極性障害I型闘病記16

双極性障害I型闘病記16